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大山阿夫利神社 社務所
〒259-1107
神奈川県伊勢原市大山355
TEL 0463-95-2006
FAX 0463-96-6167
E-mail info@afuri.or.jp |
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大山阿夫利神社は、大山の山嶺に三社があり、本社は大山祗大神 (オオヤマツミノカミ) を祀り、摂社奥社に大雷神 (オオイカツチノカミ) が、前社に高オカミノ神 (タカオカミノカミ) が祀られています。
大山阿夫利神社の御鎮座、神社創立は、今から2200余年以前の人皇第10代崇神天皇の御代であると伝えられています。古来より大山は山嶽神道の根源地であり、別名に雨降山、古名を大福山と呼ばれていました。標高1253メートルの山頂に本社があり、延喜式神名帖に登載されている式内社です。天平勝宝4年 (752年) に良辯 (リョウベン) 大僧正が入山してようやく不動堂建立以来の時運到来、神仏習合の機が熟し、堂塔僧坊を建て、霊石の由縁をもって石尊大権現と称し、雨降山大山寺と号しました。この号は、神山の山頂にある、常に雨滴がたたえられている霊木にちなんで名付けられたもので、今なお、雨降木の名をもって残されています。
以後、数百年の間、神職・修験・僧侶などが入り交じって奉務することになりました。聖武天皇の勅願所であった時など、房相総3ヶ国の租税から一山の費用をまかなうなどして報賽 (祈願成就のお礼参り) を欠かさなかったものですが、元慶3年、大地震があって神火に遭い、一山すべてが無に帰してしまったのでした。その時、鎌倉の僧、願行上人が来られて、再興を計られたのです。
その後、元歴元年9月、源頼朝は幕府所在国の霊社として、特に社嶺を寄せて篤く信仰しました。
徳川氏の時代になってからは、朱印黒印などをもって社領157石を寄進、また、神池境域の内外に除地・山林200町歩を置いたりしたのですが、中でも三代将軍家光公は、18万両の巨費を献じて、本社以下、摂社末社を改築し、実に12坊8大坊でもって一山をとりしきらせることとしました。ところが、安政年間の大火で全山が灰燼に帰してしまい、以前の盛観はまったくなくなってしまいました。崇敬者は再建に努力し、明治元年、神仏混淆の廃止・同年10月の鎮守府の命によって、石尊大権現らなびに大山寺の称を廃止して、阿夫利神社の旧号に復し、明治6年7月、県社兼郷社と定められ (初代祠官権田直助翁)、続いて昭和27年8月、宗教法の制定により阿夫利神社本庁として出発、神社・祀職・先導師・講社一連の組織を確立し、神道の実践と日本神社宗教の確立を計ることとなり、現在に至ります。 |
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